東京家庭裁判所 昭和48年(家)11271号 審判 1974年3月05日
申立人 柴田昌子(仮名) 昭四一・一〇・一生
右親権者 柴田ゆき子(仮名)
相手方 松尾孝夫(仮名)
主文
一 秋田家庭裁判所が同庁昭和四四年(家イ)第二五九号夫婦関係調整事件について同年一〇月二二日になした審判の主文3のうち昭和四九年一月一日以降に関する分を次のとおり変更する。
二 相手方は申立人親権者に対し申立人の扶養料として昭和四九年一月一日から同人が成年に達するまで月額金五、〇〇〇円宛各月末日限り秋田家庭裁判所に寄託して支払うべし。
理由
一 (申立)
申立人の親権者と相手方とは昭和四四年一〇月二二日秋田家庭裁判所が言渡した審判(同年一一月一四日確定)により離婚し両名間の長女である申立人につき、同審判は親権者を母である柴田ゆき子と定め、相手方から柴田ゆき子に対し長女昌子の養育料として昭和四五年一月以降少なくとも毎月金三、〇〇〇円を各月末限り秋田家庭裁判所に寄託して支払うべきことを命じた。しかし申立人は昭和四八年四月に小学校に入学し、且物価が高騰しているので右扶養料では不足であることを理由として、昭和四七年八月三一日秋田家庭裁判所受付の調停申立により、相手方に対し月額金一万二、〇〇〇円宛成年に達するまで支払を求めている。
二 (判断)
(一) 「相手方と柴田ゆき子(申立人親権者)は昭和四〇年六月三日婚姻届出をして婚姻し、両名間に同四一年一〇月一日申立人が出生した。しかしゆき子と相手方とは夫婦の折合いが良くなくなり、同四三年八月頃からは相手方に愛人ができる一方、ゆき子は同年末頃申立人を連れて秋田の実家に帰り、両名は別居となり、翌四四年一一月一四日確定の審判により離婚となり、子である申立人は親権者と定められたゆき子の許で、同人の実家に寄寓し、養育されて来た。この間審判の命ずるところに従い、相手方は申立人の養育料として親権者ゆき子に対し昭和四八年六月分まで月額金三、〇〇〇円宛支払つて来た。(そのほか相手方は審判所定の慰藉料の内金として昭和四六年中に金六万円を、翌四七年中に金六万円を、翌四八年に金三万円をゆき子に支払つた。)一方相手方はゆき子との離婚後である同四五年五月四日松本典子と婚姻して現在に及んでいる。」以上の事実は記録により認められる。
(二) ところで申立人親権者ゆき子は、申立人を養育するについて、同人が生長し、既に小学校に入学して従前以上に費用がかかることと、物価高騰の理由で審判で定められた前記養育料の増額を求めるのであるが、相手方は、さきの離婚審判で定められた養育料と慰藉料の支払いについては内心不服であつたものの、止むを得ないものと考え、これを支払つて来たが、右離婚裁判を受けるまでのゆき子の態度及び、養育料が不足だからと言つて子の情況を報らせることもなく増額だけ要求するのは勝手すぎることと、本件増額の申立に基づく調停の経過などから心情的にゆき子の要求にはたやすく応じられないという。
(三) しかし申立人の扶養について従前の審判所定の養育料を以てしては不足であり、増額することを要するものかどうか、その額の当否、相手方の負担能力について検討を要するからこれを調べてみる。
(1) 「申立人は母ゆき子と共にゆき子の父柴田善治の許に寄寓し、同所においてゆき子の弟柴田勝芳(三一歳)、その妻房子両名の子勝利と合計六名で善治の所有家屋で暮らしている。そして家計は善治が月額二万五、〇〇〇円、ゆき子が申立人親子の分として月額二万五、〇〇〇円を各房子に交付し、房子はこれに勝芳と戻子夫婦の生計費を加え、房子において全員の暮らしのきりもりをしている。ゆき子は前記審判により相手方から受ける送金のほか昭和四八年一月一六日から○○乳業会社の事務員として勤め月額金四万円の給料を得ているので、前記月額金二万五、〇〇〇円の家計へ入れる金銭は、これらの所得の内から支弁しているものである。」以上の事実が記録上(特に昭和四八年一〇月一二日付家裁調査官報告書)により認められる。ところで申立人は学校給食費に月額四、〇〇〇円を要するほか衣服費、医療費を要するとすれば、主張の衣服費、医療費として要する金額の計数が明らかではないが、最近の諸般の物価高騰が公知の事実であることに照らしても申立人の要する生計費において充分の余裕があり、決して楽なものでないことは推測できる。しかし申立人の生計費は親権者のそれと共に親族六名の家計に入れられて合算の上支出を賄つているというのであるから、申立人の分の必要費に幾何のものが充てられ、また幾何のものが不可欠の必要に当るか算出することができる資料が全くない。申立人の扶養料として要する額を算出する根拠を発見することができないのである。
(2) 他方「相手方は昭和四八年中に賞与も加えて手取り合計金一四五万三、〇〇〇円の収入を得たが、この内から申立人母子に対し審判で命ぜられた金銭を支払い、生計費として月額平均して金九万四、五六〇円ずつかかるから余裕は殆どないこと」が記録(特に昭和四九年一月二四日家裁調査官報告書)により認められる。
(3) そうしてみると右計数上相手方に充分な余裕がある場合であれば申立人の要望する金銭までの増額もできないわけではないとしても、相手方にさして充分な余裕ありと認められない以上、申立人側の必要とする生計費を計数により算出し得てはじめてこれを増額すべきかどうか判断できる筋合である。にも拘わらず本件では申立人の必要生計費を算出する資料を発見できないのである。しかし相手方自身申立人に対する養育費が月額三、〇〇〇円では少ないことも判つている旨家裁調査官に対し陳述しているところ(昭和四七年一一月二八日報告書)からみても、右養育料を増額することを要するものと認められるので、申立人の必要生計費を算出できないことが前に説示したとおりである以上、右月額三、〇〇〇円の養育料の審判がなされた昭和四四年当時の物価指数を一〇〇とするときは同四八年の物価指数は約一三三となる(昭和四九年一月二四日報告書)から右月額金三、〇〇〇円につきその割合で計算すると月額三、九九〇円を得るのであるが、最近の物価の騰勢にある事実、相手方が家裁調査官に対し昭和四九年一月以降申立人に対する扶養料を月額金五、〇〇〇円ならば送ることができる旨述べている(昭和四九年一月二四日報告書)事実並びに諸般の情況に鑑み、さきに前記審判の主文3で定められた申立人の養育料のうち、昭和四九年一月一日以降の分を本審判の主文二のとおり変更するのが相当であると認められる。
三 よつて主文のとおり審判することとする。
(家事審判官 長利正己)